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「大草原の歌声 喉歌に魅せられて」

スポニチ北海道版 コラム「あの人この人北海道とってお記」 より


★2★ 驚きと喜び − 「もう一つの音」が出た!

(1998年 8月22日掲載)


 今から6年前、あるCDで喉歌に出逢った私は、すぐに喉歌の練習を始めた。初めて「もう一つの音」が出た時の驚きと喜びは今でも忘れられない。自分の体に眠っていた機能を一つ発見したような気分だった。

 喉歌(モンゴルの「ホーミー」や、トゥバ共和国の「ホーメイ」等)は、一人の人間の喉から同時に複数の音を出す歌い方である。唸るような声に加えて、笛のような高い音で旋律を奏でる。にわかには信じられないような現象だが、基本的な原理はそう難しくない。

 そもそも、人間の声は「複雑な音色の一つの音」のように聞こえるが、実は「単純な音色の音が無数に重なった音」と見なすこともできる。この「単純な音色の音」は、もとの声の周波数の二倍、三倍、四倍…の周波数を持っているため、「倍音」と呼ばれる。単独の倍音の音色は、笛や電子音に似ている。

 喉歌の歌手は、声に含まれるたくさんの倍音の中から、特定の倍音だけを選択的に増幅することによって、「もう一つの音」を出すことができる。 この倍音の増幅は、口の中の空気を共鳴させることで行われる。舌や唇の位置を微妙に調整して、口腔内の空間サイズを、共鳴させたい倍音の波長と一致させるのである。

 旋律の演奏は、この空間サイズを次々に変化させて、異なる倍音を順次響かせることで行う。

 読者の方も挑戦してみよう。長く声を出しながら、舌や唇をゆっくり動かして、倍音が共鳴する形を探す。最初は小さな音かもしれないが、耳を澄ませば「もう一つの音」が聞こえてくるはずだ。

 旋律を明確に奏でるには十分な練習が必要だが、そこで問題になるのが練習場所である。なぜなら練習初期の喉歌=「二つ目の音」のない喉歌は、ただの唸り声と間違えられる可能性があるからだ。

 5、6年前、ある大学の農場で毎晩のように聞こえてきた唸り声。実はあれ、僕だったんですよ。

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のどうたの会 嵯峨治彦 thro@sings.jp