●チョックさん

 内モンゴルから日本に留学しているチョックさんと、今年の春電話で話した。彼とは馬頭琴を通じて知り合った友人だ。今年の夏2年ぶりに帰省して馬頭琴のフィールドワークをするという。内モンゴルには、かねてから行ってみたいと思っていたので、どうにかカバン持ちとして同行できないか尋ねたところ、「いいですよ。僕も草原の馬頭琴のことを調べようと思っていますし、一緒に行きましょう。」と言ってくれたのだった。

 チョックさんは、蒙古族の中国人。つまり、パスポートの国籍は中華人民共和国なので「中国人」だが、民族的には内モンゴル・バインノールの大草原で生まれ育った生粋の「モンゴル人」である。彼は小学校から内モンゴルの中心都市フフホトに引越し、内蒙古師範大学で馬頭琴を専門的に学んだ後、北海道大学に留学した。僕も北大生だったので、当時「馬頭琴を弾く留学生がいる」という噂で彼の名を知っていたし、チョックさんも「馬頭琴を弾く北大生がいる」という噂を聞いていたという。ただ、なかなか会う機会にめぐまれず、結局名前を知って1年以上たったある日、旭川のクリスタル・ホールで内モンゴル馬頭琴奏者=ブフナスン氏と共演させていただいた時に、通訳のバイトで同行していたチョックさんと初めてお会いしたのだった。なんとチョックさんは、ブフナスン氏の馬頭琴の弟子だったのだ。その時知り合って以来チョックさんとはずっと仲良くしてもらっている。


<2001年6月、旭川。ライブの打ち上げで肩を組む師弟。>

 彼が北大にいた時、札幌の馬頭琴仲間のM原さんが、彼をNHK文化教室に紹介した。彼はそこで馬頭琴教室の講師を担当することになった。この札幌で初めて開かれた定期的な馬頭琴教室には、熱心な馬頭琴ファンが集まった。その時のお弟子さん達は今でも馬頭琴のサークル活動を続けている。実はチョックさんは北大で心理学を専攻していたのだが、この頃の活動がもとで、馬頭琴の可能性を再認識し、もう一度馬頭琴を中心にした演奏・研究活動を続けようと決心。今年からは静岡大の大学院に移って民族音楽学を専攻している。茶摘みの民謡の調査といった研究活動を続ける傍ら、「ふじの国・親善大使」として馬頭琴の演奏・公演活動でモンゴル文化の紹介をしたりと、忙しい毎日を送っている。

チョックさんは静岡大に留学中 彼は知的なだけでなく、とても謙虚な性格で、ともすれば愛国主義に陥りがちなモンゴルの様々な民族問題についても、丁寧に、そしてきわめて冷静に話してくれる。モンゴル人といえば「アイ・アム・ヨコヅナ!ナンバー・ワン!」みたいな印象を持っている日本人も多いようだが、彼のようにしっかり「爪隠す」鷹もいるんですねー。

 さて、ナンバーワンといえば、僕は世界一日本語のうまい外国人は、お世辞抜きでモンゴル人じゃないかと思っている。日本語とモンゴル語の文法的な類似もあるだろうが、それだけじゃなく外国語習得のセンスそのものに極めて秀でているような気がするのだ。これまで知り合った多くのモンゴル人の日本語能力にはいつも驚かされてきた。チョックさんもその一人だ。

 彼は小さい頃からモンゴル語、中国語を両方話す環境で育ち、日本留学によって素晴らしい日本語まで身につけた。そればかりか、長い留学生活の中で身につけたアカデミックで正しい日本語を使って「近年のモンゴルの社会では…」と話し始めたかと思えば、バイトの現場で作業員仲間に教わった若者コトバで「…だから、スッゴいムカツクんだよネ」なんて締めくくって笑わせてくれたりする。もちろん、ちゃんと場をわきまえて意識的に使い分けているから、たいしたものだ。さらに最近では「あの衆は…だっけ」と静岡弁を使ったり、「タナーカさ〜ん」などと英語訛りの日本語のマネをしたりと、マニアックな新ネタも増えたみたいだ。

 一方僕はといえば、モンゴル語はまだまだ勉強中の身である上、せっかく覚えたわずかばかりのモンゴル語も、内モンゴルではなかなか通じないし聞き取れない。実はカーステレオで語学CDをかけっ放しにして一生懸命覚えたモンゴル語は、外モンゴルのいわゆる「ハルハ・モンゴル語」の発音であって、内モンゴルで話されている「チャハル・モンゴル語」とはかなり違うのだった。モンゴル語、ちょっとピンチだ。

 それならば、内蒙古自治区でも「公用語」となっている「中国語」はどうか。中学の頃、僕は仲の良い悪友たちと一緒に自主的に中国語の勉強に励んでいた。石を積んだり転がしたりしながら、ホンイーソーとかタンヤオチューとかリーチイッパツとか、たくさんの中国語を覚えた。また、数字に関しても、中国語のほうがモンゴル語より得意だ。例えば、モンゴル語の数字はネック(1)、ホヨル(2)、ゴロヴ(3)…と1から順に指折り数えていかないとナカナカ理解できないことがあったが(←もっと勉強しろ)、中国語であれば、イースーチー(1−4−7)、リャンウーパー(2−5−8)、サブローチュー(3−6−9)といった「3を公差とする等差数列(中国数学ではスジという)」でさえ自由自在だ。ただ、残念ながら中国語の日常会話にこんな専門用語が出てくることは、没有(メイヨウ=ない)。というわけで、中国語もピンチだ。(ちなみに、漢字による筆談は今回いろんな場所で役に立った。あとで触れるが、話せないくせに、書けば難しい概念でも通じるというのは、ちょっと面白い体験だった。)

 そんなわけで、今回の内モンゴル滞在中は、実にいろんな場面でチョックさんの通訳に助けてもらうことになった。さらに、彼のお母さんはお医者さん、お父さんは内蒙古大学の要職についている方で、フフホト滞在中の宿泊場所の紹介、3度の食事(お母さんの手作り料理は最高!)、果ては円/元の換金にいたるまで、すっかりお世話いただいてしまった。この場をお借りして、チョックさんファミリーのみなさん、どうもありがとう。


<ありがとう、チョックさん一家>


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嵯峨治彦
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