11月2日 竹富島へ
 今日は石垣島の西にある竹富島(たけとみじま)へ行く。
 安里(あさと)さんが海に連れて行って下さるというので、今日はどうしても水着がいる。八重山荘での朝食のあと、Iさん、ぽん田中、私の3名で買い物に街へ出た。水着を買いに行った洋服屋さんでは、店のおじいさんが「今日の天気予報だと北海道では雪も降るそうだよ。日本は長い国だねぇ。」と話しかけてきた。我々が北海道から来たことを告げると「遠くから良く来たねー。」と驚きの声。私も11月に海パンを買うなんてと驚いて見せる。

 

 録音用MDを買いに100円ショップへ。那覇でもそうだったがやはりシーサー(沖縄の狛犬)の置物が売ってるのが嬉しい。
 レンタカーを、「何事も無く ( ニヤリ…ね、Iさん )」返却したあと、民宿に戻る。

 

 12:00、約束通り安里さんが民宿に迎えに来てくれた。彼の紹介でペンギン食堂で昼飯を御馳走になる。カウンターに同席していた不破さんという神奈川からの旅人も一緒に海に行くことに。
漁船に乗りこむ

 

沖へと進む
 港に行く。「第2経勇丸」という安里さんの漁船に荷物を積みこむ。今日はこの船で沖に出て、安里さんはサザエ漁を、我々はシュノーケリングをし、その後、竹富島まで送っていただくことになる。嬉しい展開である。
 出航。ぐんぐんスピードを上げる船。あっという間に沖に出る。石垣島も竹富島も良く見える。三陸海岸の近くで育った私にとって、全く見たことも無い海の色である。珊瑚礁が浅いところほど海の色が明るくなる。無数の魚の群れもはっきり見える透き通った水。実に爽快だ。
 安里さんは海を見ながら舵を握っている。しばらく船を進め、最初に行った漁場は、珊瑚礁が非常に浅くなっているところ。深さを訪ねると70センチほどの所もあるという。船の後ろに行こうとすると、安里さんに「後ろには行かないでね」と声をかけられる。船底がぶつからないように船の前の方に重さを集めてバランスをとっているのだ。サザエの沢山とれるこの場所は、我々素人が泳ぐには多少波が大きいということで、再び船を進め別のポイントへ。
安里船長

浅瀬は手が届きそう
いざ潜水

シュノーケリング
 再びしばらく船を進め錨をおろす。「それじゃ、泳ぎましょうか」と唐突に始まる。今日どんなことをして遊ぶのか、実はまったく知らないでここまで来たのだ。取りあえず泳げる格好になる。Iさんがシュノーケリングの道具があるか訪ねると、「そこの蓋を開けて中にあるのを使って。」と安里さん。シュノーケル、水中メガネ、足ヒレを装着する。ぽん田中と私はシュノーケリング初心者だったので、安里さんに主に呼吸に関する手短なアドバイスを頂く。
 船べりにかけたはしごから海に入る。水は11月なのに非常に暖かい。おそるおそるはしごから手を離し、体を海に浮かべ下を向いてみると、そこには別世界が広がっていた。立つと顔が出るほど浅い珊瑚群から、遠くにやっと海底が見える深い海底まで、起伏に富んだ海底。それを、シュノーケルの呼吸音だけを聴きながら見下ろして波に漂う。水族館でしか見たことがない極彩色の魚の群れが、まさに手の届くところを舞っている。これまで自分が経験したことのない美しい光景に呆然となった。
 安里さんは黒いウェットスーツに見を包み、鉤と袋をもって貝を探している。時々見つけると真下へともぐり、次々に袋の中に獲物を増やしていく。まさに海人(うみんちゅ)の姿だった。
 その後竹富島の港まで送っていただく。港に上がると、安里さんがまな板と包丁を用意し、さっきとったばかりのシャコ貝をさばいてくれた。独特の香りを持つ貝を肴にオリオンビールを飲む。これまた至福の時間である。
 今日泊まる民宿=小浜荘まで送って頂く。竹富島の町並みは、昔ながらの赤瓦の民家が立ち並び、国の重要伝統的建造物保存地区にも指定されている。民宿の前で、安里さんと再会を約束して握手し、別れた。安里さん、ありがとうございました!
港でクッキング

竹富港にて
 民宿で夕食を済ました後、仮眠をとる。9時ごろ起きて、島の人たちの伝統芸能の練習を見学しに公民館へ行った。安里さんに紹介して頂いてとご挨拶すると中に入れてくれた。
 今月末の祭りで披露される狂言の練習は、若手に先輩達が指導する形で行わる真剣なものだったが、非常に和やかな雰囲気だった。練習に来ている方々の連れてきた子供同士が喧嘩をしたらしく、泣き声が聞こえる。練習が終わり、缶ジュースやビールで乾杯してからミーティングが始まった。同席しているさっき泣かせた側の子供達に大人達が喧嘩のルールを説明する。石を投げたらそれで負け。棒を持ったらそれも巻け。そして先に泣いたらやはり負け。1人の大人が「オレが小さい頃、喧嘩で相手に馬乗りになってなぐって、断然有利だったのに、興奮して先に泣いてしまって『負け』てしまったことがあった。」というと、大人も子供もみんなどっと笑う。
本場で安里屋ユンタ
大合唱

 

「たけのこ」にて
 その後練習で三線を弾きながら指導していた新田さんと、港でお会いした野原さんにつれられて「竹の子」という店へ。お二人とも地元の方で今回初対面なのだが、安里さんのご紹介で身内だけのタルバガン・ミニライブを開いてくれたのだった。店は営業時間外だったが、急遽決まったミニライブには練習仲間達が集まっていた。噂を聞き付けて、近所の人や旅人も集まってきた。
 タルバガンの竹富初ライブは、これまた非常に盛り上がった。初めて聞く北方アジアの音楽は随分喜んでもらえた。野原さんには「今度来る時は前もって連絡してね。10日ぐらいあれば200人はお客が集まるから。(全島の住民は300人を切っているのに!)」と次回のタルバガン・ライブを約束していただいた。
 打ち上げでは、共通の友人の話で盛り上がった。数年前札幌の沖縄料理店「なーくにー」で平安隆さんのライブに私がゲスト出演した時、お客さんとして見てくれていた小樽の女性が、なんと野原さんの奥さんになって竹富に暮らしていた!また、つい先日Aguri(金子竜太郎&EPO&嵯峨)のツアーでもお世話になった鼓童の前田さんは、竹富島の常連で集まった方々の共通の友人でもあった。鼓童の金子竜太郎さんも、ここでは随分飲まされて1日多く泊まっていったこともあるらしい。。。また、「響天」という泡盛のCMでは、安里さんの師匠でもある山里さんという民謡歌手の方が名古屋在住の内モンゴル馬頭琴奏者=リポーさんと共演している。いっぺんに距離が近くなって、宴会はさらに楽しくなっていった。
 ここ竹富は、名曲「安里屋ユンタ」の発祥の地である。りきさんがリクエストした。全部の歌詞を歌うフルバージョンが聞きたい!集まっていた方のなかに、竹富の歌に非常に詳しい上勢頭(うえせど)さんという女性がいて、歌本を見ながら全てを歌ってくれた。新田さんが三線で、野原さんがドシプルールで(!)伴奏をつけ、板前さんが太鼓を叩き、私もモリン・ホールで絡む。地元の方々十数人が唱和して歌いつづけた「安里屋ユンタ」は非常に感動的だった。

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