1月18日 札幌〜大阪 ツアー出発
千歳空港
 昼過ぎ、やっと旅支度が終わった。写真つきのツアーレポートを出先からWEBにアップすべくコンピューターの環境を整え、明日のコミュニティFMの番組の収録をし、それからのどうたの会ニューズレターの最新号の発行と発送。ぽん田中も私も疲れきった状態で旭ヶ丘をあとにした。楽器だけなら軽いもんだが、ずしりと重い旅行カバンが身にこたえる。出発前に冷蔵庫を空っぽにしようと無理に牛乳を飲んだら、千歳空港で腹部に激痛。非常に危険な状態だったが、何とか乗り越えた。この写真は、そんな焦悴しきった出発のひとコマである。
 小さな窓から外を見ると、夕方の千歳空港には冷たく青い夕闇が広がっていた。午後5時、離陸。上空からは地平線付近に赤々とした光りの帯が見える。飛行機は、沈む夕日を追いかけながら、西へと向かった。
 さて前述のようなありさまなので、当然機内では死んだように眠るものだと思っていたが、なぜか目がさえ、こうしてモバイルに向かっている。ぽん田中は目を閉じてぶつぶつと語りの練習をしていたが、そのうちカメラを向けたこちらを不機嫌そうに見たかと思うと、すやすやと寝てしまった。
  時刻は6時半をまわった。外はもう真っ暗だ。この後、関西空港に森田君兄弟が迎えに来てくれる予定。今日は岸和田の森田君のご実家に泊めていただく。強烈な個性の兄弟を育て上げたご両親はどんな方なのだろう。
離着陸時にはいけませんよ
語りの練習中
玄関入っていきなりやられました
 森田君の実家は静かな住宅地にある。玄関を入るなり、「歓迎 嵯峨御一行様/有限会社森田・宿泊部門」という張り紙!これを書いてくれたのは森田君のお母さんで、以前森田兄弟が札幌で私のラジオ番組に出演してくれたときも、インターネット放送を聞きながら「有限会社森田・芸術部門」としてFAXを送って下さったことがある。
 この日は、森田君の叔父さん(お父さんの弟さん)もいらしていた。今日、森田君のお父さんが寿司屋に行くと、弟さんがいたそうだ。今晩うちに札幌から客人が来る、というと弟さんは、それなら良い焼酎があるから後で届けよう、と約束。はたして焼酎「百年お孤独」を携えて弟さんがやって来たのだが、その後二人で杯を進め、我々が到着した時分にはすでに「完成」しておられたのだった。関西の人達の日常のユーモアにはいつも感心させられるけれど、この晩のお父さんと叔父さんの兄弟のかけ合いには、腹筋がよじれるほど笑わされた。一緒に杯を傾けご馳走を頂く「予定外のメンバー」である叔父さんを見ては、「焼酎届けるだけで良かったのに」とか「早くお茶を出してやれ」とか「叔父さんの靴をそろえて来い」とか、とにかく何度も早く帰らせようとするお父さんと、そんな言葉にかまわずマイペースに飲みつづける叔父さん。そうか、森田兄弟のキャラクターの原点はここにあったか。
 ご両親は酒屋さんを営んでいらして、森田兄弟が札幌の「のどうたの会事務局」に泊まりに来るたびに、美味しい酒を送ってくださる。また、今晩はたいへんなご馳走でおもてなし頂いた。感謝の気持ちをこめて1曲演奏したつもりだったが、不覚にも翌日森田兄に「昨夜弾いた時、サガさん酔ってたでしょう。」と言われてしまった。そこで改めてこの場をお借りして、森田君のご両親と叔父さんに感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。ありがとうございました。

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